2009年9月1日火曜日

「みずからを助けざる者には、チャンスも力を貸さず。
私が、カトリック教会で出会った光は、これとは全く逆の教えでした。
私は、日一日をやっとの思いで、生きている精神障害者と私は思っています。
毎日、祈りながら、頑張って生きています。自分で自分を励ましながら生きています。
仕事も持てず苦しみながら、生きていることに何の意味があるのか、毎日自分に問うて
います。でも、私は、シスターに出会って、社民党の保坂議員に出会って、阿部議員に
出会って、死刑廃止のことを思っています。私は、カトリック教会で本当に悲しい思い
をしました。プロテスタント教会でも、本当に悲しい思いをしました。この悲しみは忘
れないと思います。もちろん私は、足りないところがたくさんあります。48になります
が、大学卒業以来、仕事らしい仕事をしたことがありません。社会から、一度はぐれて
しまうと、こんなになってしまうのか、と実体験をしています。こどものとき、社会の
中の問題に苦しむ人と共に歩むことを、先生に教えられました。子供たちに、そのこと
だけを伝えてきたつもりなのに、今私は社会のお荷物です。麻生首相の、「みずからを
助けざる者には、チャンスも力を貸さず。」によれば。路上生活をする人に、今、自殺
をしようとしている人に、「みずからを助けざる者には、チャンスも力を貸さず。」な
んていって欲しくありません。宅間被告の怒りも、松本 智津夫被告も、それに従った若
者達もこういう社会の矛盾の狭間に押し込められた命っだとは、思えませんか?国民の
ために経済対策、行政、国会運営、本当に全身全霊をもって、御献身くださった首相
に、国民は感謝するべきだと思います。でも、「みずからを助けざる者には、チャンス
も力を貸さず。」ではなく、神様は全ての命を限りない愛を持って愛しておられます
よ。それが、私が、カトリック教会でいただいた光です。頑張って生きなければ、と思
っています。何と言ってお詫びしたらよいのか、解からないのですが、取り敢えず。
これからの日本を、これからも宜しくお願いします。

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