2015年1月30日金曜日

テロリズムを止めるために。

政府の皆様、安倍総理及びその近隣の方々、「強い憤りを覚える」ではなく、「戦う」ではなく、「何故このような非道なことをするのか」と強く、静かに、毅然と彼らを諭して頂くことはできないのでしょうか。甘いと言われるかもしれませんが、邪魔と言われるかもしれませんが、でも、このことを総理に伝えることは、私の義務だと思います。テロによる無駄な犠牲を避けるために。
私は、ホワイトハウスにも伝えます。ローマ教皇のお力とオバマ大統領の英知により、アメリカはキューバとの、国交にも踏み切りました。

911は何故起こったのか、総理は洞察されていますか?フランスのシャルリの事件も、I am Syaruri
で良いのでしょうか?私もつい、デモに参加したくなりましたが、冷静に考えてみると、911の原因は、行き過ぎたシャルリスピリットによるものである。私にはそう見えました。今回も、拘束されている方々があるのに、わざわざ中東まで防衛大臣とともに出かけて行って、テロリストに宣戦布告さながらのご発言、国会でも誰ひとりその政府の独りよがりを糾弾してくださいませんでした。挙句の果てに十字軍呼ばわりされてしまいました。十字軍も非道という過去の負の遺産です。強い忍耐と寛容以外にこの重大時流に向き合う方法はないのではないでしょうか。
はっきり申し上げておきますが、テロを受容することはけしてありません。ただ、総理ご自身も本当に怒っておられるのでしょうか。困ったことだと憔悴されているのではないでしょうか。あのご聡明そうな奥様を選択なさった総理が、怒りで我を忘れるような方ではないことは、国民みんながわかっていると思います。アメリカが言うから、それに従うのは間違っているのではないでしょうか。
歴史の流れの中で、たまたま平和憲法を享受した国として、私がI am syaruriデモに思わず参加しようとしたように、有志連合とともに歩む、 のではなく、心の中で犠牲をいかに防いで希望を繋ぐかに勇気をもって向き合い続けることではないでしょうか。

ここで、私の弱さを露呈しなければなりませんが、私は今、平和のために、スナイパーを否定はしない。という立ち位置にいます。憲法改正についても悩んでいます。でも、今は、まだ、我が国の憲法について、考え続けなければならないと思っています。改正にはまだ、賛同できません。

テロリズムは容認しませんが、911の要因に何があるのか、アメリカもイギリスも理解していないと思いました。イスラム過激派の蛮行は、そのままにはできませんが、何をするにしても、911の要因について、深く考察を続けない限り、犠牲を減らすことは難しいと思うのです。今回の事件の報道の中で、ISISのテロリストが、原爆を受けたアメリカに屈している、と日本を批判していた言葉に、ああそうなのか、やっぱり、と思わざる負えませんでした。
私は、欧米文化や、日本での日常の中で、ジョークと称して、一生懸命努力している人々のことを馬鹿にすることがとても嫌です。自由とは自由で、人々に、丁寧に礼儀正しく生きる自由もあるのです。共産主義は、腐敗を持ってそのシステムに終焉を迎えましたが、全ての命を平等にという思想のもと、清く正しく進むと、社会主義的様相を呈してくるのは、安倍総理の年代になれば見えてくるのではないでしょうか。発展途上の国々の苦難をジョークにしてせせら笑うのは、本当に間違っています。私もそういう扱いを受けて、本当に、その思いは、死ぬまで、いえ、死んでも変わらないと思います。子どもの人権について、その実践が完成されなくては、なりませんが、産業革命時はイギリスでも、児童労働が、国の経済を支えていたのです。そういう、未完成の状況に対する先進的な考察は、先進国の義務です。鼻でせせら笑うことではありません。

そのことを、安部総理にも、共和党の保守派の方々にも解っていただきたいのです。
このことが、必ず後藤さんを救い、多くの命を救う希望となると私は思っています。

Jordan embassy

Terrors,from 911,have begun from Syaruri spirit haven't they?
ALSO Christian Pope has criticized Syaruri spirit.To STOP terror,We have to be brave to say justice without violences.It's the TIME to SHOW true justice to the terrorists,isn't it?
The top of American Army has told they need another way without Army.It's THE TIME TO DO WITHOUT ARMY.
Let us become brave not to afraid America.America isn't the god.Syaruri spirit goes wrong sometimes as well as their Terror.Let us say and do justice in calm way .We have to continue to say why 911 has happened.Terror is wrong,but Syaruri also do true wrong.We have to say and do right thing.Now is the time to do so.I Will send this to America.because It's our duty to do so,isn't it?

2010年12月27日月曜日

I should not go to Ninomiya church today.As for Hiratuka catolic church,was on the recommend from Ms.Koshino at Kamakura who reccomended...

Ms.Koshino recomended nano-tech also.I don't reglet my visit to the church.After that 9.11.Dose Obama still go on black line???

2010年12月22日水曜日

子育てと挨拶について。

おはようございます。こんにちは。笑顔と共にある日常生活の潤滑油。挨拶。


子供と共にこの社会で生きていく時、子供たちに伝えて行きたい私達の大切な習慣の一つですね。

私も、親から教えられて育ちました。ご近所の方々にも、ご挨拶できる、ご挨拶優等生だったかもしれません。

社会人になった、息子と娘は、今、挨拶優等生でしょうか。


私は、子育ての中で、何一つ、子供にこうしなさいと言うことができませんでした。

客観的事実として、世間ではこうするものよ、という

2010年12月14日火曜日

Why did I get out from classical music?

私が、クラシック音楽から離れた訳。

私は、中学頃から歌謡曲に触れることを良しとされていなかった。自分の中から、Musicが、消えていくのはいやだったけれど、練習不足を咎められる内、自分でも自分を責めるわけです。受験コースの選択の時に、音楽を切るのは私にも大きな選択だったが、このまま続けていても音楽を愛し続ける自信がなかったのだと思う。どんな人にも自尊心はあると思います。才能の限界を感じていたのかもしれません。でも、音楽ってそんなものではないと私は言い続けられていたので、そうなんだろうと今でも勝手に思っています。音楽心は誰の心にもあると。
 クラシック音楽から離れたのは、本当に音楽を楽しみたかったし、自分の音楽としてクラシックを愛したかったからだと思います。教師や親に「愛しなさい」と、これがあなたの道ですよと突きつけられた音楽ではなくて。

私のことはどうでも良いのです。良い伝統を、心を持って受け継いでいくことは大切なことですが、多くの方達が自らの人生を持って実践しておられるように、真理への忠誠に基づいた、前進は必要なのだろうと私は、感じています。

一番、聞いていただきたいのは、「これは美しいのだよ」と教えられても、100人が100人、同じように美しいと感じることはできないと言うことです。ある人はそれを不要なものと感じるかもしれない。ましてや、生き方などというのは、そうなのではないでしょうか。

 でも、社会には様々な問題が生じるので法律というものができてきて、現代社会では、それに従って生きていくのは私達の責任だと思います。では、どうやってその責任を子供たちに教えていくのか、スパルタではダメだと、私は思います。時に、人権侵害の起こらない範囲内で、そういう手段を用いることは必要かもしれないと今は思っています。命を守る為に。でも、何故自分がそのルールに従っているのか、何故そのルールをその子供に伝えようとするのかを自分自身に問いながら生活なり、教育をしていかないと、危険だと 私は感じています。

2010年12月8日水曜日

主なる神様、日本経済はバブル以降、世界経済はリーマン破綻以降、その回復の道筋に踏み出せずにいます。そして多くの命が生への困難に、耐えています。どうぞ、あなたの聡明な知恵で私達の苦難に光をお与えください。また、私達はあなたの導きのうちに平和への前進を進めておりますが、どうぞあなたの限りない知恵と、愛を持って、世界の思考の混乱を静め、我々の調和と平和をお導きください。
この、つたなき祈りを、主イエス・キリストの御名を通して御前に、捧げます。アーメン。