2010年12月6日月曜日

人権について思うこと。

人権について思うことを、ずっとコメントしたいと思いつつ数年がたっているように思う。裁判員制度も始まり、未だ、法律についても何の学びもないが、世界人権宣言とその履行について、コメントしなければならないと思う。これだけ私が、意地悪に苛まれる時間を過ごしてきた中で、心からコメントしなければならないと思うのは、「人権」を主張する人々の身勝手さである。きっとそうした自己中心的な信仰の上に、耐え難い辛酸をなめてこられた方々が居られるのではないか。そして、今起こっている、世界の流動化の原因にもなっているのではないかと思うからである。
 私が、父が、母が、弟がどれだけ真剣に人生に向き合ってきたか、を思う時、今のこの状況を本当にひどいと思わずにはいられない。これが、人権ですか、これが人権宣言の意味ですか?私の非を認めることを拒絶しているわけではありません。また、教会にお世話になってみて、その廻りでうごめく人々に動かされている状況は少なからず見えます。でも、皆一生懸命生きているのです。社会の為の献身に身を粉にされている方々から見れば、私は姦淫せる罪深い女で、避けて歩き、頭から唾を吐きかけるに価する存在なのかもしれない。でも、私はそういうことは他人にできません。たとえオウムの筆頭受刑者に対してでも、そういうことはしたくない。そういう仕打ちを、私は受け続けています。
 
 「世界人権宣言」を心から学んでください。キリスト教会に心からそう訴えたい。キリスト教会指導者の皆様、全ての信徒と共に、今すぐ「人権宣言」学びなおしていただきたい。

日本のアニメ星飛馬の父は、国際社会のつるし上げに会うべき人物像なのか。
私は、今子育てをするとしたら、彼のような方法を選択することはしないでしょう。
現代日本の父親像にはふさわしくないとも思います。
でも、あの時代、日本社会で一生懸命生きていた人々は、
たくさんの人々が、我が家も、あのアニメを子供に見せていました。
途上国に於ける児童労働を、批判し、正義の名の下に、華々しい社会貢献の名の下に、私達は良い人、あなた方は悪い人、唾を吐きかけられる人、と胸を張って自分の仕事の正当性を自負する方々、キリスト教社会でも、産業革命時は子供の労働搾取を正統なこととしていたではないですか。なぜなら、その時のキリスト教社会にとって、それは民族生き残りの為の発達段階であり、手段だったからです。
それなのに、他地域に至っては、その民族、その文化の歴史を理解することなく、あなた方は子供を虐待していると、財力を盾に、あなた方流に言えば、レッテル張りをしている正義の信徒がどれだけ多く存在し、今の不毛の状態を作り出しているか。また、「誰にも言わないでください」(職務上の守秘義務について言及するものではありません)が、どれだけ、今のこの状況に悪影響を及ぼしているか。責任は感じないのですか?!!!!!

皆、自分の生活と能力があります。できなければできない。私にはその能力がありませんと何故いわないのか。私にはできませんと。許してくださいと。何故、私は正しいと言い続けるのか。

今この局面で、言わなければと、ずっと思い続けてきたことです。

マザーは、あなたは家庭でと言われました。そう献身されている方々を結果的に愚弄している信徒が、社会貢献自負者が、多くあるのではないか、私はそう思っています。

表現力の未熟さゆえに、どれだけ真理に迫ることができているか、不安ですが、何年も言わなければと思ってきました。取り敢えず今日はここまで。

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この私の、文章に対し児童労働人身売買に対する無知、とのメッセージが
人権自負の正当性を主張する人々から、送られてきました。
今の日本社会で誰が、児童労働と人身売買を肯定する人があるでしょう。
そういう社会に対して、あなた方は自分達の身勝手な解釈を押し付けているに過ぎません。

無知なのは、あなた方のほうです。
日本社会に対する理解が、足りないと思います。
少なくとも、私にそのメッセージを送るのは時間の浪費と、思えないあなた方に
主の光が及ぶことを祈るのみです。

9.11を引き起こした原因について言及しています。

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