2009年12月12日土曜日
民主党
スパコンはじめ、科学研究費について、議論があったが,ips細胞の山中教授が、科学研究の自由と言うことを主張されていたが、自由自由という中で、生まれたのが、悪魔の兵器核兵器であり、クラスター爆弾であり、劣化ウラン弾、であることを、全地球人がはっきりと認識しなければならないことは、明らかだと思う。スパコンの「何故2番ではいけないのですか」も真理を突いている問いであろう。この世の中の一番弱い命を見つめるとき、スパコンも、宇宙開発も何の役にも立たないわけです。新政権は整合性を問われていますが、ここでも、命に対する整合性を時間をきちんととって、議論を尽くしていただきたい。確かに、閉会している場合ではないのかもしれません。山中教授曰く、研究と言うのはどこから何が生まれてくるかわからないのだから、とのことでしたが、核の脅威に怯える地球人が、何が生まれるか判らないからこそ、その研究の整合性,正当性を、全地球人の目で見つめる必要があるのではないでしょうか。いくら偉い先生方が、研究の自由を主張されても、一般市民は核兵器を受容することはできないのです。 間違わないでいただきたいのは、研究を国家が管理すると言うことを言っているのではないことだけは、誤解のないようにご理解いただきたいと思います。自由の中にも、情報公開による、一般市民の目による倫理をはずすことがないように、という意味ですので。自由を享受するための倫理の問題、科学研究の中にも厳しく問われていく必要があるのではないでしょうか。科学を学ぶものの資質として、学問の前にまず人類の未来のために、ということから踏み外さない覚悟。私達が今、次世代に伝えていかなければならないのは、この倫理性ということではないのでしょうか。隠しカメラの問題もそこに付随しているように思われますが・・・
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