2010年12月14日火曜日

私が、クラシック音楽から離れた訳。

私は、中学頃から歌謡曲に触れることを良しとされていなかった。自分の中から、Musicが、消えていくのはいやだったけれど、練習不足を咎められる内、自分でも自分を責めるわけです。受験コースの選択の時に、音楽を切るのは私にも大きな選択だったが、このまま続けていても音楽を愛し続ける自信がなかったのだと思う。どんな人にも自尊心はあると思います。才能の限界を感じていたのかもしれません。でも、音楽ってそんなものではないと私は言い続けられていたので、そうなんだろうと今でも勝手に思っています。音楽心は誰の心にもあると。
 クラシック音楽から離れたのは、本当に音楽を楽しみたかったし、自分の音楽としてクラシックを愛したかったからだと思います。教師や親に「愛しなさい」と、これがあなたの道ですよと突きつけられた音楽ではなくて。

私のことはどうでも良いのです。良い伝統を、心を持って受け継いでいくことは大切なことですが、多くの方達が自らの人生を持って実践しておられるように、真理への忠誠に基づいた、前進は必要なのだろうと私は、感じています。

一番、聞いていただきたいのは、「これは美しいのだよ」と教えられても、100人が100人、同じように美しいと感じることはできないと言うことです。ある人はそれを不要なものと感じるかもしれない。ましてや、生き方などというのは、そうなのではないでしょうか。

 でも、社会には様々な問題が生じるので法律というものができてきて、現代社会では、それに従って生きていくのは私達の責任だと思います。では、どうやってその責任を子供たちに教えていくのか、スパルタではダメだと、私は思います。時に、人権侵害の起こらない範囲内で、そういう手段を用いることは必要かもしれないと今は思っています。命を守る為に。でも、何故自分がそのルールに従っているのか、何故そのルールをその子供に伝えようとするのかを自分自身に問いながら生活なり、教育をしていかないと、危険だと 私は感じています。

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